はじめに
鋼製砂防構造物は、鋼製メーカーが開発しているので、会社の方針が構造物の設計思想に反映されることになります。
そこで、今回は現在使われている鋼製透過型砂防堰堤を鋼製メーカーの特色を絡めながら述べてみたいと思います。
ここで、述べた内容はあくまで私の主観ですので、これをもって採用の根拠となるような内容ではないことを強調しておきます。
図1は、鋼製砂防構造物の開発に携わった当時の会社(左側)と現在(右側)の会社を示したものです。
当時は8社ありましたが現在は4社です。会社から伸びている線が一つになっているのは、会社の合併や、砂防事業から撤退したことで、製品が統廃合されたものと考えて下さい。
線の上に透過塑堰堤、下に不透過型堰堤を記載しています。
例えば、一番上にある新日本製鐵のA型スリットは昭和40年代に開発された透過型で最も古いものですが、会社が砂防事業から撤退したため、関連会社の日鐵建材に移管しました。
日鐵建材と住友金属建材は親会社の合併により 日鐵住金建材となり、2つあった枠ダムが自在枠に統一されました。
透過形もCF型は新たに設計しなくなりB型スリットのみとなりました。その後T型が開発されています。川鉄建材と日本鋼管ライトスチールも親会社の合併によりJFE建材となり、ここも2つあった枠ダムは続枠に統一されています。
透過利はL型とI型を統合して新たにJスリットが開発されました。この製品の流れはメーカーの人でも、全容がわからないようになってきましたので、整理の意味で図にしてみました。
2. 一品受注と二次製品
図には当時の8社を載せていますが、会社のスタンスは異なります。
新日本製鐵、神戸製鋼所、住友金属工業は高炉メーカーであり、主たる業務は素材(鉄鋼)を生産し、加工業者(自動車、家電など)に供給しています。
素材メーカーの目標は、素材を売ることです。素材メーカーが最終製品である堰堤を開発するのは、新たな素材を消費する事業を開拓するためです。
ですから砂防事業の中で、不透過型の重力式コンクリートの堰堤しかない時代に、鋼製を使った構造物を新規参入させるという目標があります。
このため、開発当初から一品受注を基本とし、普及にともない標準化やシステム化がなされ、安定した事業となっていきます。
ここで、メーカーにとって事業の安定化に不可欠なものが、標準化とシステム化です。標準化とは条件の異なる設計を、如何に統一した形状に落とし込んでいけるか、ということです。
システム化とは情報を効率良く処理するための仕組みを作り上げることになります。
これはメーカーだけではなくても、業務の効率化として、やらなければならないことです。例えば決済文書を例にとると、決済欄の押印の数に過不足がないように中身を吟味して、最少にすることが標準化で、決済者が不在でも決済が滞らないように押印を電子化することがシステム化です。
話を戻します。 日鐵建材工業、川鉄建材工業、住友金属建材、日本鋼管ライトスチールは建材メーカーで、高炉メーカーから供給される鋼板、鋼管や形状などを加工し、二次製品として販売します。このため、できるだけ標準化することで大量生産によりコストダウンを図ります。
また、この大量生産を吐くための流通網を全国に持っています。
共生機構は、他社と違って自社工場を持っていません。鋼材は高炉メーカーから購人、製造はファブリケーターに委託といった方法をとります。工場を持たないので、製品ラインヘの投資が必要ないため、アイデアをまず製品化し、状況によって仕様や形状を変化させることができます。
上記の会社は、統廃合され,日鐵住金建材(新日本製鐵、日鐵建材工業、住友金属工業、住友金属建材)、JFE建材(川鉄建材工業、日本鋼管ライトスチール)、神戸製鋼所、共生機構の4社になりまたした。
このように同じ鋼製砂防構造物を開発しても会社の成立ちや方針の違いが、製品の設計思想に反映されることになります。
それでは、次項に鋼製砂防構造物の考え方を織り交ぜながら各製品の特徴を述べたいと思います。
3. 鋼製透過型堰堤の特徴
(1) A型スリット
A型スリットは、土石流のことがよくわかっていない時代に開発されました。
まだ鋼管の凹み変形で土石流の衝撃力を吸収するという考えはなく、土石流に耐えるように強度をというか抵抗力を上げる目的で鋼管にコンクリートを詰め、とにかく頑健にしました。この方法は、背の低いタイプには使えますが、背が高くなると高所の狭いところにコンクリートを充填するのは施工が大変になります。
写真1はコンクリート充填鋼管に鉄球を破壊するまで当てたものです。
鋼管を曲げると拉げながらも、どこまでも曲がるのですが、コンクリートを充填すると、引っぱり側の鋼管は破断します。コンクリートも扇状に粉砕します。
このように変形に対する粘りはないのですが、剛性は高くなります。コンクリートを充填して頑健にするのか、へこみ変形によるエネルギー吸収にするのかは、構造物の特質や現地の条件により選ぶことになります。
今は、鋼管の凹み変形による吸収エネルギーという考えが、鋼製構造の長所を活かす方法なのでこちらが主流です。
A型スリットは、土石流の流向に対してアルファベットのAの形状になっていますが、実際には上石流がその方向に作用するかどうかわかりません。
むしろ偏心すると考えた方が良いでしょう。偏心荷重に対してA型は横倒れしやすい構造ですが、配置の自由度が高いことからよく使われていました。
後にこの欠点を改良したB型スリットに土石流対応は譲ることになり、現在では流木捕捉工として使われることが多いようです。
(2) B型スリット
A型スリットの欠点を解消するにはA型スリットを並べて連結してやれば良いわけです。
これがB型の原型です。
B型スリットは2つの重要な特許を保持しています。
一つは、柱を連結して脚立のようなユニットを河川横断的方向に並べるというものです。
ユニット間は連結していないので、施工精度の面で有利です。
鋼管部材を連結すると構造的に頑健にはなるのですが、その分、製作精度が要求されます。
製作自体は工場で行われるので、品質管理の優れた工場で加工すれば問題はありませんし、そこがメーカーの腕の見せ所でもあります。
つまり、ユニットが独立していることのメリットは製作精度ではなく、施工精度の緩和です。工場はそれなりの設備と熟練工によりますが、現地架設は地元の施工業者が行うため、綱製構造物の施工が初めての業者も多いでしょう。
このため、施工精度は楽にこしたことはありません。
鋼製の精度がmm単位であるのに対して、コンクリートの精度がcm単位です。
現地施工では、まずコンクリートが先行して施下され、その上に鋼製構造物を設置していくことを考えれば、この特許は現地施工において抜群に力を発揮するものです。
背の低いユニットなら地組して、クレーンで底版コンクリートの上に置いていくだけです。ただし、出来型の許容値があるので、あまり外れたことはできませんが。
この特徴は、無人化施工に有利であることは言うまでもないでしょう。
他に有利な点として、温度応力による形状への制約がないことです。
温度応力による形状の制約とは、鋼製の設計をした人でないとわからないと思いますので、簡単に説明します。
図2のような形状では、温度応力によってアウトになる部材は両端の柱根元です。
これは鋼管が温度によって一様に伸びるので、相対的に最も大きく変形する箇所に応力が発生するからです。
通常、鋼製砂防堰堤程度の規模なら問題になることはないのですが、擁壁や柵などの延長の
長い構造ではこれが馬鹿になりません。
このため、延長の長い構造物は、施工精度の面で厳しいので分割するのですが、温度応力でも分割することがあります。
鋼製砂防構造物は、土石流や堆砂圧に抵杭するために部材諸元や形状を決めたいところです。
これがもし、温度応力で決まるということは、目的とする対象によって決まらずに、自らの理由によって決まるということになります。
言い換えると相手の要求ではなく、自分の都合で決まると言うことです。
そういった面でもB型スリットは温度応力に対して関題ない構造です。
もう一つの特許は、柱から腕を出した形状です。
これは先に説明した特許と組み合わせると、さらに配置の自由度が増します。
例えば、通常部材間隔の関係から3基配置する場合でも、腕を伸ばすことで2基にできる可能性があり、コスト面で有利になります。
また、両岸が露岩していて袖コンクリートを打設する必要がない場合にも、腕を伸ばせば対応できるでしょう。
つまりB型スリットは地形の変化に富んだところにも順応できるであろう構造物といえます。
(3)格子形(旧タイプ)
しかし、B型スリットも背が高くなると上流側の柱根元に応力が集中します。また`底版コンクリートをレベルで施工するので、急勾配では下流の落差が大きくなります。
このような場合には、柱を増やしてバランスよく部材を配置してやれば背が高くても極端な鋼管径や板厚になることはありません。これが格子形です。
A型の次に古いのですが、立体格子状に部材を配置しているので、A型のような土石流に対する方向性についても問題ありません。
このため、どのように土石流が作用し、どのように礫が捕捉されるかわからなかった時代から、構造系として破壊されることなく、土石流捕捉機能を発揮してきました。
実際に、部材が損傷または喪失した事例もあったのですが、他の部材が構造系をカバーしていました。
(4)格子形2000c
その後、捕捉事例や損傷事例をもとに改良したのが2000cです。
部材数を減らし、鋼管外径、板厚も小さくしています。ただし、柱を鉛直に建てている点は格子形を
継承しています。
柱を鉛直に建てるメリットは施工性です。
柱を斜めにすると自立できないため、固定する治具などが必要になります。
柱を鉛直に建てると、自立できるので(アンカーポルトで固定はします)、施工性が向上します。
このことは施工精度にも影響します。
2000cは段階施工も可能ですが、これを可能にしている理由の一つは柱を鉛直に建てていることです。
そして、段階製鋼が可能な最も大きな理由は、工場での製作精度の高さです。
このことはB型スリットの項でも説明したとおり、現地と工場では精度が異なります。
B型スリットのように施工精度を回避するのも手ですが、2000cのように、徹底して製作精度を上げようというもの一つの方法です。
段階施工ができるということは、それだけ工場での精度が要求されるわけですから、この方法は誰でもできる訳ではなく、CADデータをもとにした数値制御による加工ロポット溶接による自動化、仮組シミュレーション、歪み補正など品質管理のノウハウが成せる技といえるでしょう。
2000cは堤高に制限は設けていませんが、堤高が高くなると格子形(旧タイプ)の方が部材数も多く、安心感もあるのではないでしょうか。
土石流の指針も透過別に関しては、堤高15m以上でも荷重は15m未満と同じです。
その意味でも、捕捉実績のある格子形(旧タイプ)を15m以上で復活させてもよいと思います。
(5) I型スリット
I型スリットは格子形に対して、より合理的な設計をしようと考えたもので、上石流の衝撃力を鋼管の凹みで吸収するが、この吸収する部材を構造部材とは別に配置しました。ちょうど自動車のバンパーのようなものをイメージすればいいでしょう。
この吸収部材で土石流の衝撃力をへこみ変形で受け、その支点反力を構造部材に与えます。
考え方は合理的ですが、土石流が吸収部材のみに当たることを前提にしているので、土石流の方向が限定されることという制約があります。
ただ、士石流を捕捉するような構造物ですから、バンパーがやたらとゴツくて、本体が華奢では心もとないと感じます。
ここは、本体と付属品とのバランスすることが安心感にも繋がりますから、ただ合理的であればよいというものではないでしょう。
それと鋼管同士は鋼殻にコンクリートを打設して連結するので、コンクリート充填鋼管と同様に内部のコンクリートが割れたときには剛な連結でなくなりますから、大変形に対しての信頼性は低いのではないでしょうか。
(6) L型スリット
L型スリットの品も大きな特徴は、底版コンクリートがないことです。
鋼製透過型砂防堰捉といえども、安定計算は重力式と同じように堰堤の重さで安定性を確保します。
その役目が底版コンクリートなのですが、それを無くしたのですから画期的です。
その方法は、上部工である鋼製部分の下、つまり、地盤に受圧板という土圧を受けとめる板を取り付けます。
この構造物に土石流が作用すると構造物は滑動しますが、このとき受圧版が滑動に抵抗します。
この抵抗力は受圧板に受働土圧として作用するので、滑動に対して十分大きい値となります。
この構造で問題となるのは、土石流が構造物に捕捉され乗載荷重として作用しないと受働土圧が発揮されないことと、満砂したとき落下水により底版下流が掘れると受働上圧が期待できないことです。
それに、せっかくコンクリートを使わないのだから、袖部もコンクリートレスにしたいところです。
今なら砂防ソイルセメントエ法を使った袖部が可能です。
(7) Jスリット
Jスリットは、川鉄建材(L型)と日本鋼管ライトスチール(I型)の合併により、新たな透過型として開発されたものです。
このタイプの特徴は、特徴の無いのが特徴です。
つまり、L型のように底版コンクリートを無くしたとか、I型のようにバンパーのように大変形で土石流の衝撃力を受け止めるといった両者の個性的なところを排除しました。
形状も土石流を受ける上流部材を下流部材で支えるバットレス構造であり、シンプルなものです。このため、特に個性がないかわりに欠点もないため、使いやすいといったところが特徴でしょうか。
(8) CBBO
CBBOは鋼殻の中にコンクリートを打設し、合成を高めたバットレスを構築します。
これを構造部材とし、この上流に機能部材として鋼管を縦横に取り付けます。
これまでの鋼製砂防堰堤との一番の違いは、工場での加工度を下げていることです。
これによりトン当たりの製作単価が相当下がります。
工場製作は品質管理項目が明確な分、それに掛かるコストもクリアなため、製作コストに相当の差がつきます。
ただし、2000cやB製スリットでも述べたように加工精度が高いことは、そのまま現地施工が容易になることに繋がります。
逆にいうと工場製作を簡単にする分、現地施工の手間が増えます。
現地施工は条件がまちまちなので、製品として一般的なコスト比較がしにくい面があります。
特に積算に反映されないような状況を事前に抽出することは、なかなか難しいでしょう。
つまり、加工では明らかに差が出ますが、現地施工でどこまで差が詰まるか難しいわけですが、製作時のコストより差は縮まることは確かでしょう。
共生機構は、他の3社と違って自社工場を持っていません。このため、加工度を下げて工場製作の単価を下げてコストダウンを図ろうというものです。
その一例が、無塗装を採用していることです。通常、鋼製構造物は塗装をするのが常識です。
なぜなら、鋼製構造物は錆び対策が耐久性に最も影響するからです。
ですから無塗装の場合なら。耐候性鋼材を使います。
耐候性鋼材も錆びますが、一般構造用鋼材と比べて錆が緻密です。安定錆と言います。
このため、安定鋪が皮膜となって酸索を遮断します。
つまり、耐候性綱材は錆びるのですが、それ以上錆が進行しません。
また、塗装なら剥がれれば、そこから錆が進行しますが、耐候性鋼材の安定錆は剥がれてもそこに安定錆が発生し再び皮膜となります。
ただし、共生機構が無塗装としているのは、鋼材には腐食しろを設けているので,耐用年数はこれでカバーできるという考えです。
そういう意味では鋼製砂防構造物には塗装は必要なのですが、塗装すればそれだけ耐用年数は伸びるのは確かです。
また、次の理由が大きいと思うのですが、土石流など、何らかの外力を受けたとき塗抜が傷みます。
この傷みによって土石流が出たのか、どの程度の規模だったのかなど、目視によってわかります。
つまり、この傷みは素人目にもわかることから日常点検が容易になります。
いちいち専門家や検査機材を用いなくても健全度がわかります。
このように初期コストを抑えるか、管理点検を含むライフサイクルコストで見るかによって、設計思想は異なります。
どちらに軸足を置くかは現地の状況と開発コンセプトによると思います。
(9) CBBO+
このタイプはCBBOを改良したもので、さらなるコストダウンを図ったもので、CBBOの機能部材である縦材を無くしたものです。
縦材を無くした分だけ土石流の捕捉効率が下がりますから、これを回避するために残った横材の部材間隈を狭くして、縦横部材と同等の捕捉性能まで横部材間隔を狭くしています。
縦材と横材の礫捕捉機能に違いは、アーチアクションの出来やすさです。縦材は礫同士がかみ合いアーチアクションが発揮されやすいので、礫径の2倍程度まで部材間隔を広げることができます。これに対して横材は士石流が作用しているときはアーチアクションが発揮されても、ピークを過ぎると礫が重力によって下がるためアーチアクションが崩れやすくなります。
このため、横材は縦材ほど広く部材問隔を広げることができません。
とくに土石流の堆積区間のように掃流状で流下する可能性がある区間では、礫の1倍でないと通過する可能性の方が高くなります。
このように縦材と横材では礫捕捉性能が異なるので、設置箇所に配慮した使い分けも必要でしょう。
(10) T型スリット
このタイプの最も大きな特徴は、非越流部のコンクリートに反力をとることです。
他の鋼製砂防堰堤は底版コンクリートに反力をとっているので、重力式としてわかりやすい構造ですが、背が高く、かつ水通し幅が狭いところでは安心感に欠けます。T型はこのようなところにこそ、合理的な配置ができます。
つまり、V字谷のような狭窄部では山側に反力をとるので、ハイダムにも有効でしょう。
現状では15m末満を適用範囲としています。
また、下流に支えがないので、満砂後の落下礫により部材が損傷することもありません。
ただし,底版コンクリートに直撃するので、この対応は必要です。
T型は、このように長所も多いのですが、長所と短所は裏腹な関係にあります。
考え方は合理的なのですが、代わりに施工が面倒くさくなります。
鋼製部はmm単位、コンクリートはcm単位で管理していることを既に書きました。
T型は非越流部のコンクリートで支えられているのでcm単位で施工しているところに、mm単位で管理する鋼製部を取り付ける必要があります。
このため、施工手順など工夫が必要になります。
4. おわりに
鋼製砂防構造物の種類は、メーカーの統廃合によるとことが大きいのですが、これは開発目標がそのまま製品の設計思想に繋がっているので、理解するうえで助けにはなろうかと思います。
将来は士砂移動現象と、その対策に応じた合理的な設計が進むことで、コストだけではなく、地元住民に望まれる施設が選定されるよう期待します。